大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和45年(行ウ)122号 判決

東京都文京区湯島三丁目二番一七号

原告

漆原徳蔵

右訴訟代理人弁護士

四宮久吉

船戸実

田中紘三

東京都文京区本郷四丁目一五番一一号

被告

本郷税務署長

右指定代理人

押切瞳

佐々木宏中

須賀田贇

岩崎章次

薄益雄

増原繁樹

高崎久男

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

被告が昭和四三年一〇月八日付で原告の昭和三八年分所得税についてした更正及び重加算税賦課決定は無効であることを確認する。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決

二  被告

主文同旨の判決

第二原告の請求原因

一  本件処分の経緯等

原告は、宅地建物取引業を営む訴外漆原不動産株式会社(以下「訴外会社」という。)の代表取締役であるが、原告の昭和三八年分の所得税について課税標準を七五〇万六二〇六円とする確定申告をしたところ、被告は、昭和四三年一〇月八日付で、右課税標準を一八六四万五二〇六円とする旨の更正(以下「本件更正」という。)及び重加算税一七八万三二〇〇円の賦課決定(以下「本件決定」といい、右両処分を合わせて「本件処分」という。)を行つた。

しかして、本件処分の理由は、原告は、訴外田所富男外一名(以下「田所ら」という。)所有の別紙目録記載の土地(以下「本件土地」という。)の売買に関し、一一一三万九〇〇〇円の仲介手数料を得たから、これを雑所得として認定し本件更正をするとともに、原告は右所得を仮装隠ぺいして申告しなかつたから本件決定をしたというにある。

二  本件処分の無効事由

しかしながら、本件更正には、次のとおり重大かつ明白な瑕疵があるから無効であり、したがつて、本件更正を前提とする本件決定も無効である。

1  原告は、本件土地の売買に関しては、売買契約の当事者としても仲介人としても、被告主張のような所得を得たことはない。

すなわち、本件土地は、昭和三八年九月三〇日売主名義を訴外尾形右門とし訴外丸紅飯田株式会社(以下「丸紅飯田」という。)に代金六三九七万三〇〇〇円(坪当たり一三万三〇〇〇円)で売り渡されているが、右売買(以下「本件売買」という。)における真実の売主は田所らである。田所らは、右売買代金について一部課税を免れるため、本件土地を一たん朝鮮人である訴外安田清こと安真基に売り渡す形式をとつたが、仲介人であつた訴外会社が、売主が朝鮮人では、丸紅飯田との本件土地売買契約は成立しないおそれがある旨伝えたところ、田所らは売主として尾形右門名義を使用したものである。本件売買の代金は、(イ)三五九六万一〇〇〇円、(ロ)九六二万円、(ハ)一八三九万二〇〇〇円の三通の小切手で支払われたのであるが、田所らは坪当たり一一万円総額五二九一万円を取得し、残一一〇六万三〇〇〇円(坪当たり二万三〇〇〇円相当)は、田所らの依頼により、訴外会社が(イ)本件土地のよう壁工事代金として訴外株式会社久保工務店に三〇六万五〇〇〇円(ロ)本件売買に対する協力金として、日本海陸運輸株式会社名義で訴外黒田順夫に二五〇万円、訴外大塚周佐久に五四九万八〇〇〇円をそれぞれ支払つたものである。訴外会社は、本件売買の仲介手数料として、丸紅飯田より一二七万九四六〇円を得たが、原告は、訴外会社の代表者としても個人としても、本件売買に関し被告主張の所得を得たということはない。そして、このことは本件売買に関連して作成された書類等及び本件売買の関係者に対する調査によつて容易に判明したはずであるから、この点に関する被告の誤認の瑕疵は明白である。

仮に、本件売買に関し、被告主張の利得が存したとしても、本件売買の仲介をしたのは訴外会社であり、原告は訴外会社の代表取締役として本件売買に関与したにすぎないのであるから、訴外会社に利得が帰属することはあつても、原告個人が利得をうることはあり得ないことである。

したがつて、原告に前記所得があるものと誤認してした本件更正には、重大かつ明白な瑕疵がある。

2  本件更正は、昭和三八年分所得税の法定申告期限である昭和三九年三月一五日から三年を経過した後に行われたものであるが、国税通則法第七〇条第二項第四号に該当する事由は存在しない。すなわち、同号に規定する「偽りその他不正の行為」とは、積極的にされた行為のみをいうものと解すべきところ、原告が、本件売買に関し、帳簿書類の虚偽記入等の積極的作為をした事実はない。したがつて、本件更正は除斥期間経過後の処分であるから、重大かつ明白な瑕疵がある。

3  仮に、国税通則法第七〇条第二項第四号に掲げる事由に該当する事実があつたとしても、同項に基づき納税義務者に不利益に更正をする場合には、課税権行使の公正を担保し、相手方に不服申立てのための便宜を与えるため、同項に掲げる事由に該当すると認めた具体的理由を更正通知書に附記しなければならないというべきである。しかるに、本件更正に係る更正通知書には右の理由が附されていないから、本件更正には重大かつ明白な瑕疵がある。

第三被告の答弁及び主張

一  被告の答弁

請求原因一の事実は認める。

同二の1の事実のうち、本件土地が、原告主張の日時に売主名義を尾形右門とし、丸紅飯田に原告主張の金額で売り渡されたこと、田所らが、売買代金について一部課税を免れるため本件土地を一たん安真基に売り渡す形式をとつたこと、売買代金は原告主張の三通の小切手で支払われたこと、久保工務店により壁工事代として原告主張の金員が支払われたこと、訴外会社が本件売買の仲介をし、丸紅飯田より仲介手数料として原告主張の金員を得たことは認めるが、その余の事実は争う。

同二の2の事実のうち、本件更正が法定の申告期限から三年を経過した後にされたことは認めるが、その余は争う。

同二の3の事実のうち、本件更正に係る更正通知書に原告主張の理由が附されていないことは認めるが、その余は争う。

二  被告の主張

1  原告は、本件土地をその所有者田所らから代金四八五八万一〇〇〇円(坪当たり一〇万一〇〇〇円)で買い受け、これを昭和三八年九月三〇日形式上の売主名義を尾形右門とし丸紅飯田に代金六三九七万三〇〇〇円(坪当たり一三万三〇〇〇円)で転売した。売買代金は、丸紅飯田から原告主張の三通の小切手で支払われたが、原告はそのうち前記額面一八三九万二〇〇〇円の小切手を取得し、既に田所らに支払済の手付金三〇〇万円を控除した残額に相当する一五三九万二〇〇〇円の転売益を得た。もつとも、原告は、右金額のうちから経費として、(イ)久保工務店に本件土地のよう壁工事代金三〇六万五〇〇〇円、(ロ)安真基に名義貸与料三〇万円、(ハ)尾形右門に仲介手数料一〇万円、(ニ)佐渡可吉に同じく仲介手数料五万円、(ホ)田所らに対し代金の支払いが遅延したことによる違約金三〇万円をそれぞれ支出したので、原告の差引所得金額は一一五七万七〇〇〇円となる。そして右の所得は、譲渡所得及び事業所得のいずれにも該当しないから、雑所得に当たるものというべきところ、本件更正は、右所得金額の範囲内である一一一三万九〇〇〇円を原告の雑所得と認め、これを原告の前記申告額に加算してされたものである。

しかして、訴外会社は、原告及び原告の家族のみからなる同族会社であつて、原告の行為が、原告個人としてされたものか必ずしも明確でないが、本件売買に関しては、訴外会社の帳簿には丸紅飯田より受領した仲介手数料一二七万九四六〇円の記帳があるのみで前記転売益に対応する収入金額等の記帳がなく、その他本件取引に関し訴外会社に前記仲介手数料以外の金銭が入金された形跡はないから、結局、前記転売益は原告に帰属したものというべきである。

2  原告は、次のとおり「偽りその他不正の行為」をして前記転売益に係る税額を免れようとしたので、被告は国税通則法第七〇条第二項第四号の規定に基づき本件更正をしたものである。

すなわち、原告は、同人が前記転売益を得た事実を秘匿するため、売買契約上の売主として尾形右門名義を使用し、同人名義で代金を受領した。また、原告は、前記転売益の大部分が経費として他の仲介人等の手に渡つたようにみせるため、本件売買には何ら関係したことのない大塚周佐久に仲介手数料名義で五四九万八〇〇〇円を支払い、同人に額面八五六万三〇〇〇円の領収書を作成させ、同人に同金額の仲介手数料を支払つたかのごとく装い、更に、本件売買に対する協力の謝礼金として日本海陸運輸株式会社に二五〇万円を支払つたかのごとく装つたものである。

3  所得税法は青色申告書に係る年分の総所得金額について更正をした場合にのみ、更正通知書にその理由を附記すべきものとし、青色申告書によらない申告についての更正の場合には、所得別の金額を附記することをもつて足りるとし、国税通則法第七〇条第二項を適用したときその理由を附記すべきことまで要求していないから、本件更正に右理由が附記されていないからといつて、本件更正が違法となるものではない。

第四証拠関係

一  原告

1  提出・援用した証拠

甲第一ないし第三号証、第四号証の一、二、第五ないし第一二号証、第一三号証の一ないし四及び証人大塚周佐久、同黒田順夫、同尾形右門、同田所富男(第一、二回)、同岡田太郎、同佐渡可吉の各証言並びに原告本人尋問の結果

2  乙号証の認否

乙第六ないし第九号証、第一五号証の成立は認めるが、その余の乙号各証の成立(乙第一〇号証については成立及び原本の存在)は知らない。

二  被告

1  提出・援用した証拠

乙第一ないし第一五号証及び証人五島寿一、同川原田卓雄、同尾形右門の各証言

2  甲号証の認否

甲第三号証、第四号証の一、二、第七ないし第一〇号証の各官署作成部分以外の部分の成立は知らない。第七ないし第一〇号証の各官署作成部分及びその余の甲号各証の成立(甲第二号証については成立及び原本の存在)は認める。

理由

一  請求原因一の事実(本件処分の経緯等)は、当事者間に争いがない。

二  そこで、本件処分に原告主張の無効事由があるか否かについて判断する。

1  原告は、本件売買に関し何ら所得を得たことはないにも拘わらず、被告主張のような所得があるものとしてした本件更正は無効である旨主張するので、以下この点について判断する。

(一)  成立に争いのない甲第二号証(同号証は原本の存在も争いがない。)、乙第六ないし第八号証、第一五号証、証人尾形右門、同田所富男(第二回)、同佐渡可吉の各証言により真正に成立したと認める乙第一号証、証人尾形右門の証言により真正に成立したと認める乙第二号証及び第一〇号証、証人佐渡可吉の証言により真正に成立したと認める乙第一三号証及び第一四号証並びに証人尾形右門、同佐渡可吉、同田所富男(第一、二回)、同五島寿一及び同川原田卓雄の各証言によれば、次の事実が認められる。

本件土地の所有者であつた田所らは、昭和三七年の秋頃、宅地建物取引業者である尾形右門に対し本件土地の売却の仲介を依頼したところ、尾形右門は、同業者である佐渡可吉を通じて訴外会社の代表取締役である原告に右土地の売却の斡旋を依頼した。原告は、かねてから取引があり、当時ガソリンスタンド用地を求めていた丸紅飯田に本件土地を売り込むべく、同社担当者の黒田順夫と交渉した結果、丸紅飯田が右土地を買い受けるとの感触を得たため、まず田所らとの交渉により本件土地を坪当たり一〇万一〇〇〇円(総額四八五八万一〇〇〇円)で他へ売却することの了解を得るとともに、他方、原告は、右の価額に若干の上乗せをして本件土地を丸紅飯田に売却し、その差額分を利得しようと考え、丸紅飯田との間では、右土地を坪当たり一三万三〇〇〇円で売却することで交渉をまとめ、田所らに手附金三〇〇万円を支払つた。ところで、田所らは、売買代金のうち坪当たり二万円相当分(総額九六二万円)について課税を免れようと図り、佐渡可吉に依頼してその工作をし、表面上本件土地を一たん同人の知人である朝鮮人安田清こと安真基に坪当たり八万一〇〇〇円(総額三八九六万一〇〇〇円)で売却する形式をとつた(田所らが売買代金の一部について課税を免れるため、本件土地を一たん安真基に売却する形式をとつたことは、当事者間に争いがない。)。他方、原告は、丸紅飯田への売渡しにあたつて、自己の名を表面に出すことを避けるため、尾形右門の了解のもとに、丸紅飯田との間においては、売主として尾形右門名義を使用することとし、その結果、昭和三八年九月三〇日、尾形右門と丸紅飯田との間に、代金を坪当たり一三万三〇〇〇円(総額六三九七万三〇〇〇円)とする本件土地の売買契約が成立した(本件土地が、右日時に売主名義を尾形右門とし、丸紅飯田に右代金で売却されたことは、当事者間に争いがない。)。丸紅飯田は、同年一〇月四日尾形右門あてに右代金を額面三五九六万一〇〇〇円、九六二万円、一八三九万二〇〇〇円とする三通の小切手をもつて支払い(右三通の小切手で支払われたことは当事者間に争いがない。)、同人より領収証を受領した。右各小切手のうち、(イ)額面三五九六万一〇〇〇円の小切手は、田所らと安真基との間のいわゆる表契約上の売買代金三八九六万一〇〇〇円から前記手付金三〇〇万円を控除した金額を示すものであり、(ロ)九六二万円の小切手は、前記田所らのいわゆる裏契約上の代金四八五八万一〇〇〇円と右表契約上の代金との差額分を示すものであり、(ハ)一八三九万二〇〇〇円の小切手は、丸紅飯田に対する売買代金から田所らのいわゆる裏契約上の代金を差し引いた額、すなわち、原告の差益分と、既に原告が田所らに支払つた手付金三〇〇万円との合計額を示すものであつた。右(イ)及び(ロ)の小切手は、田所らが取得したが、(ハ)の小切手は、同日振出人である富士銀行本店において尾形右門名義で現金化され、全額原告が取得した。原告は、右取得金額のうちから、本件土地のよう壁工事代金として訴外会社を通じ久保工務店に三〇六万五〇〇〇円を支払い、また、本件売買に対する協力金ないし仲介手数料として尾形右門に一〇万円、佐渡可吉に五万円を、安真基に対する名義貸与料等の名目で佐渡可吉に三〇万円を、更に田所らに対し、代金の支払いが遅れたことに対する違約金として三〇万円を支払つた。

以上の事実を認めることができる。もつとも、原告は、本件売買の代金のうち田所らの取得分は坪当たり一一万円(総額五二九一万円)であり、その他に黒田順夫、大塚周佐久、久保工務店に対する支払分の経費として坪当たり二万三〇〇〇円(総額一一〇六万三〇〇〇円)を要したから、原告は何ら利得をしていないと主張し、証人岡田太郎の証言及び原告本人尋問の結果中には右主張にそう供述がみられる。しかし、田所らの取得分が坪当たり一一万円であるとするならば、わざわざ前認定のような額面金額で丸紅飯田から三通の小切手を取得することは不自然であり、また黒田順夫、大塚周佐久に対する支払いは、専ら原告ないし訴外会社の利益のための支出とみるべきこと後に認定するとおりであつて、田所らとは全く関係がない問題であるから、右供述はとうてい採用することはできない。その他証人岡田 太郎の証言及び原告本人尋問の結果のうち、以上の認定に反する部分は、前掲各証拠に照らして採用することができず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

(二)  証人岡田太郎、同大塚周佐久の各証言によつて真正に成立したと認める甲第三号証に証人岡田太郎、同大塚周佐久、同黒田順夫の各証言及び原告本人尋問の結果を合わせると、原告は、大塚周佐久に対し前記利得金のうちから、本件売買に関する協力金名義で五四九万八〇〇〇円を支払つたが、大塚は本件売買に何ら関係しておらず、同人に対する右の支払いは、昭和三二年頃訴外会社が同人の紹介により丸紅飯田と取引できるようになり、以後多大の利益を得ていることに対する謝礼の趣旨であつたこと、また、原告は、丸紅飯田の石油部石油販売第一課の職員黒田順夫に対し、売買成立の際には相当の謝礼金を支払うことを約して本件売買について便宜をはかつて貰うよう依頼し、本件売買成立後、右約旨に従つて同人に対し、架空の日本海陸運輸株式会社名義あてに二五〇万円を支払つた事実が認められる。前掲証人黒田順夫、同川原田卓雄の各証言により真正に成立したと認め得る乙第一二号証の記載、前掲証人岡田太郎の証言及び原告本人尋問の結果のうち右認定に反する部分は採用することができず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

(三)  以上の事実によつて考えれば、原告は、表面上は訴外会社の代表者として本件売買を仲介し、丸紅飯田から仲介手数料を得る一方、田所らと丸紅飯田との間で利鞘をかせぎ、これにより黒田順夫、大塚周佐久にも満足を与えることができると考え、田所らに対しては買値として坪当たり一〇万一〇〇〇円を、丸紅飯田に対しては売値として一三万三〇〇〇円を示し、尾形右門名義で本件土地を丸紅飯田に売却し、右代金のうちから田所らに対し坪当たり一〇万一〇〇〇円に相当する四八五八万一〇〇〇円を支払い、その差額一五三九万二〇〇〇円を利得したと認めるのが相当である。

(四)  しかして、原告は、本件売買に関し前認定のとおり、久保工務店に三〇六万五〇〇〇円、尾形右門に一〇万円、佐渡可吉に五万円及び三〇万円、田所らに三〇万円計三八一万五〇〇〇円をを支払つたほか、黒田順夫に対し二五〇万円(大塚周佐久に対する支払いは、前認定のとおり本本件売買とは関連がない。)を支払つたから、本件売買に関する所得金額は九〇七万七〇〇〇円であつたと認めるのが相当である。しかるに、本件更正は、原告の本件売買による雑所得を一一一三万九〇〇〇円と認定したものであるから、所得金額を過大に認定した点に瑕疵があるといわなければならない。

しかしながら、右の瑕疵は、被告が原告の所得金額を認定するに際し、黒田順夫に対する二五〇万円の支払いを認めなかつたことによるものであるが、前掲乙第一二号証及び証人川原田卓雄、同黒田順夫の各証言によれば、黒田順夫は被告の調査に際し金員の授受を否認しており、また日本海陸運輸株式会社なる会社も架空の存在であつたため、被告は本件更正時において黒田順夫に対する右の支払いの事実を確知しえなかつたことが認められるから、右の処分当時の事情からみれば、被告の判断が何びとの眼にも明白な誤りであるとはとうてい認めることができない。したがつて、右の瑕疵が明白であるということはできないから、本件更正の無効事由には当たらないというべきである。

(五)  次に原告は、仮に本件売買に関し利得が存したとしても、原告は訴外会社の代表取締役として関与したにすぎないから、訴外会社に利得が帰属することはあつても、原告個人が利得を得ることはありえないと主張する。

前掲乙第一五号証、証人岡田太郎、同五島寿一、同川原田卓雄の各証言及び原告本人尋問の結果によれば、訴外会社は、原告を代表取締役とし、原告の家族のみを株主とする同族会社であること、訴外会社は、本件売買の仲介をし丸紅飯田から仲介手数料一二七万九四六〇円を得ていること(訴外会社が右仲介手数料を得たことは当事者間に争いがない。)、被告係官の訴外会社に対する調査によれば、訴外会社の会計帳簿等には、本件売買に関しては右仲介手数料収入の記載しかなく、他に前記利得額に対応する収入金額を記載した裏帳簿等も発見されなかつたこと、また原告からの事情聴取においても前記利得の帰属に関し何ら明確な答えを得ることはできなかつたこと、右のような事情から、被告は、前記利得を原告個人の所得と認定したことが認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

右のような事情の下において、その所得が原告個人に帰属すべきものか、あるいはまた訴外会社に帰属すべきものかは、すこぶる認定の困難な問題であるが、少なくとも訴外会社に所得が帰属したことを肯認するに足る確たる事実関係を認めることはできない。したがつて、原告に所得が帰属したと認めた本件更正に仮に瑕疵があるとしても、それは明白な瑕疵であるということはできないから、原告の右主張は理由がない。

(六)  以上によれば、被告が、本件売買に関する前記所得を原告の雑所得と認定してした本件更正には、原告主張の重大かつ明白な瑕疵はないというべきである。

2  原告は、本件更正は法定の申告期限から三年を経過した後に行われているところ、国税通則法第七〇条第二項第四号に該当する事由はないから、本件更正は無効である旨主張する。

本件更正が法定の申告期限から三年を経過した後に行われたものであることは当事者間に争いがない。しかしながら、前認定の事実によれば、原告は、丸紅飯田との売買契約の売主を尾形右門とし、尾形右門をして同人名義の売買代金領収書を出させ、同人が右代金を全額受領したかのような外観を作出させたこと、本件売買に直接関係していない大塚周佐久に対し、本件売買に対する協力金名義で前記五四九万八〇〇〇円の支払いをしたことが認められる。また成立に争いのない甲第五号証、証人大塚周佐久の証言によつて真正に成立したと認める乙第五号証及び同証言、証人岡田太郎の証言によれば、原告は大塚周佐久に対し前記金額しか支払つていないにもかかわらず、同人に八五六万三〇〇〇円の領収書(乙第五号証)を作成させ、本件処分に対する不服申立ての際においても、同人に同金額を支払つたかのごとく装つたことが認められ、右証人岡田太郎の証言及び原告本人尋問の結果のうち右認定に反する部分は採用することができず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

右認定の事実によれば、これらの原告の行為は、本件売買による転売益を秘匿し又はこれを少くみせるための作為であると認められるから、原告は、本件利得について課税を免れるため偽りその他不正の行為をしたものというべきである。したがつて、被告が、国税通則法第七〇条第二項第四号の規定に基づいて本件更正をしたことには、何ら瑕疵はないといわなければならない。

3  原告は、本件更正に係る更正通知書には、国税通則法第七〇条第二項第四号に該当する旨の具体的理由が附記されていないから、本件更正は無効であると主張する。

しかしながら、所得税法は、青色申告書に係る年分の総所得金額について更正をした場合についてのみ更正通知書に更正の理由を附記すべき旨定めているにすぎず、更正通知書に原告主張のような理由を附記しなければならないとする法的根拠はない。したがつて、右の主張は原告の独自の見解に基づくものであつて採用できない。

4  以上のとおり、本件処分には原告主張のごとき重大かつ明白な瑕疵は認められないから、本件処分を無効ということはできない。

三  そうすると、原告の本件請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 杉山克彦 裁判官 時岡泰 裁判官 青柳馨)

(別紙)

目録

東京都世田谷区玉川町一四九七番地

土地一、〇一一・五七平方メートル(三〇六坪)

同町一四九八番地

土地五七八・五一平方メートル(一七五坪)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例